目からうろこ#332

宇佐神慎牧師・宇佐神功美:
おはようございます。

宇佐神慎牧師:
今週も「目からうろこ」がやって参りました。宇佐神慎です。
目からうろこ。これは世界最古の本『聖書』からの言葉。「目が開けて物事の真理が見えるようになる」という意味です。さて、今回はどんな目からうろこが発見できるでしょう。

宇佐神功美:
おはようございます。宇佐神功美です。

宇佐神慎牧師:
おはようございます。

宇佐神功美:
おはようございます。

宇佐神慎牧師:
先週、お話したのは「信じる」ということと「理解する」こと、これは違うんだということ、そこまで行き着きましたね。どう違うのかってことです。理解できたら信じますという人多いんです。理解できたら信じる必要ないんです。信じるというのは理解を超えて一歩踏み出すことなんです。

例えば『聖書』の中はアブラハムに対してイサクを捧げなさいと言ってる箇所がある。そんなこととても考えても理解できないでしょ。我が子をアブラハムに対して捧げなさいと、こう言ったんです。それって神様が言うことですか!?別な『聖書』の箇所には「あなた方に子を捧げよ、なんて言ったことないでしょ」って書いてあるわけです。ところがアブラハムのその場面だけは違ったんです。神様って「こうすべき。ああすべき」って方じゃなくて、事と場合によって全然言うことが真逆なんです。

何でですか?

宇佐神功美:
われわれも子供に対して、一人一人同じ対応ではない、例えば叱ろうと思ったりしても言い方が変わったり。

宇佐神慎牧師:
ねえ。「気をつけなさいよ」って言って大丈夫な子もいれば、「もう!出て行きなさい!」とかね。「出て行け」なんて全然思っていなくても、「出て行きなさい!」って言う場合もあるし。いろいろ子供によって全然接し方違いますよね。私たちも神の子供だから。だから一人一人に対して違うんです。そしてあのとき、アブラハムに対しては「イサクを捧げなさい」と言ったんですね。

なぜですか?

宇佐神功美:
やっと生まれた自分の子供なので、

宇佐神慎牧師:
年を取ってから生まれたんだね。

宇佐神功美:
はい。もうかわいくて、かわいくて。

宇佐神慎牧師:
そうですね。

宇佐神功美:
イサクのことばっかりになっちゃって、

宇佐神慎牧師:
「イサク、イサク、イサク」でね。それでもう一体化しちゃうというか、癒着の関係。それぞれ独立した愛の関係ではなくて、依存の関係になっちゃったんだね。だから、神様はそれをきちんと親と子の正常な愛の関係にするという目的があったわけです。
これは諏訪神社でもやっているんですね。毎年、「御頭祭」っていうのをね。

宇佐神功美:
不思議ですね。

宇佐神慎牧師:
うん。そのお祭りっていうのは、1人の神主が台の上に載せられて、1人の神主が剣(つるぎ)で刺そうとして、1人の神主が「ストップ」ってかけるんです。実際に聖書では何て書いてあるかいうと、神様からアブラハムが我が子イサクを捧げなさいって言われたから、イサクを台の上に載っけるんです。そしてアブラハムが刺そうとするんです。そして天使がストップかけるわけです。

アブラハムは本当に神様を信じてた。だから、そのアブラハムに対して神様の思いを知らせようとしたことなんです。つまり、イサクは自分で薪を負って、山に登っていくんです。イエス様も十字架を背負ってゴルゴダの丘に登っていくんです。そのゴルゴダの丘というのがモリヤの山だったわけです。エルサレムってちょっと丘のところにあるんです。そのモリヤの山というのはゴルゴダの丘のことなんです。アブラハムは父なる神様。そしてイサクはイエス様。その型として、『旧約聖書』にその歴史を通して載ってるんです。

じゃあそれはそれだけかっていうと、本当に年を取ってから生まれて、「イサク、イサク」っていう、それを1回断ち切って、本当の愛の関係にするという、そういう神様の思いもあったんだね。イサクを捧げるというその段になって、初めて刃物を振り下ろそうとしたときに、ストップをかけたんですね。そしてそれができるということは、信じなければできない。「神様何でですか?我が子を捧げるって理解できません。理解したらします」って言ったら、いつまで経ってもイサクとアブラハムの関係が正常にならないわけです。だから、信じるというのはどういうことかというと、神様が言ったからという理由だけなんです。神様が自分のことを愛してくださってるという。そしてイサクも愛してくださってる。私たち一人一人も本当に愛してくださってる。だから神様が「やりなさい」って言ったことを「やります」と言う。それが「信じる」ということなんです。誰が神様の摂理を、神様が行おうとしてくださってることを理解できますか。

宇佐神功美:
「どうして?」なんて聞かないわけですね。

宇佐神慎牧師:
とても理解できないですよ。
私よりもはるかに私たちのために素晴らしいことをしようとしてくださってる方です。私たちの何兆倍も大きい方です。だから、私たちの頭になんか入りっこないんです。なのに、入ったら、理解できたら、信じますと私たちは言うんです。でも、それは信じることにならないんです。ただ単に「教え」を信じるだけ。理解できたら信じますというだけ。本当の「信じる」ということは理解を超えた方に信頼して身を委ねますということなんです。イエス様が十字架に掛かったときに、最後の言葉「わが霊を御手に委ねます」という。聖書の中にはそうやって分からないけれども、アブラハムもそうでした、分からないけど、神様が言った言葉に身を委ねますという、理解を越えてます。でもあなたは愛の方です。だから私たちに対して決して悪いことしません。だから委ねます、ということです。

来週は教えを信じるということと、神様ご自身を信じるということの違い。これをお話していきたいと思います。
それではみなさん、また来週。

宇佐神功美:
また来週。

宇佐神慎牧師:
ところで宇佐神さん、Grace21ってどんなとこですか?

宇佐神功美:
Grace21ってとっても居心地のいいところです。

宇佐神慎牧師:
ふ~ん。教会なんですか?

宇佐神功美:
教会っていえば教会ですけど、神様を知らない人や『聖書』を読んだことない人でも、いつでも出入り自由です。会員制でも登録制でもないので、お気軽にいらしてください。

宇佐神慎牧師:
いつやってるんですか?

宇佐神功美:
毎朝7時、それと夜は木曜の7時から集まってます。日曜日は10時から礼拝もしています。

宇佐神慎牧師:
へーえ、それじゃあ行ってみよう。

宇佐神慎牧師・宇佐神功美:
みなさん、ぜひいらしてください。

2016年8月31日放送

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